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祖母の死をきっかけに大手企業から地元へUターン。東京で得たもので喜びを届ける

祖母の死をきっかけに大手企業から地元へUターン。東京で得たもので喜びを届ける

様々な大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。今回は、東京の生花店で11年間勤務された後、独立し、地元の奄美大島にて、ご夫婦で営む生花店「H.O PROJECT」をオープンされた栄田将太さん。スタイリッシュながらも温かみのあるアレンジメントで、予約殺到のフラワーショップを手掛けています。地元へUターンされ成功した栄田さんのきっかけやお花にかける想いについてお伺いしました。

人に感謝される喜びを求め、大手の生花店で11年間勤務

今、どんなお仕事をされていますか?

:奄美大島で「H.O PROJECT」という生花店を夫婦で経営しています。

生花を使っての花束やアレンジメント、結婚式やお葬式など、お花に関することは何でも取り扱っています。

以前は東京のお花屋さんに勤務されていたんですよね。

:大学卒業後に、冠婚葬祭のお花を扱う大手の生花店に11年間勤務しました。

学生時代は、東京のブライダル業界を中心に就活をしていたんです。

ブライダル業界を志されたきっかけは何だったんでしょうか?

:学生時代に接客業のアルバイトをしていて、自分に向いているなと感じたんです。

就活を始めた頃、「自分は接客の何が好きなんだろう」と突き詰めて考えた結果、お客様に感謝されるということが好きなんだな、と思ったんですね。

そこで、「接客業の中で一番感謝されて喜ばれるものって何だろう」と思った時に、人生の輝かしいイベントである結婚式なんじゃないかなと思ったんです。

そこからお花の業界に進まれたのはどういった経緯があるんですか?

:ブライダルに関係する仕事を探していた時に、お花の仕事があるということを知り、花業界に興味を持ったんですね。

結婚式を彩る大切な役割だなと感じたこともあり、冠婚葬祭のお花を取り扱う大手の生花店に就職を決めました。
そこでお花の仕事をしている中で、花の奥深さや魅力を知り、どんどん花が好きになっていきました

栄田さんは、お花にはどんな魅力があると思われますか?

:当たり前かもしれないですが、花って生きているんですね。時間が経つにつれて枯れていってしまうのも、そこに命が存在しているということ。

その命の大切さ、儚さを伝えたい、という想いをずっと持ち続けています。

祖母の死をきっかけに、地元・奄美大島へ

東京から地元の奄美大島へ戻られたのはどういった想いからでしょうか?

:東京の生花店に勤務していた頃に祖母が亡くなり、奄美大島の葬儀に参加した時に、自分が東京で学んできたものとの差があることに驚いたんです。

具体的にはどういうことでしょうか?

:例えば僕が働いていた生花店では、式場内の歩き方やごみの拾い方といった、花を生ける以前のマナーを1年目に徹底的に叩き込まれるんです。

お花に関しても、亡くなられた方が男性であれば男性らしい色合いで、さらにその方に合わせて作るというやり方を教えていただいていました。

バラがお好きな方にはバラを多めに入れるなど、お好きなお花も考慮していました。

奄美大島のお葬式は少し違ったものだったんですね。

:奄美大島で行われた葬儀に使われたお花は、誰が亡くなっても同じ花を使用していたんです。型にはまり、決まりきったお花で彩られた祖母の葬儀を見ても、祖母を思い浮かべることが全くできませんでした。

その葬儀をきっかけに、色々と考える所があり、奄美大島で生花店をやりたいという想いが出てきたんですね。

どういったことをお考えになっていたんですか?

「お葬式って何のためにあるんだろう?」「どうしてお花がお葬式に必要なのだろうか?」と考えていました。

なかなか答えが見つからなかったんですが、自分の中である程度わかり始めた時に、「よし、奄美に帰ろう」と思ったんです。

ご自身で見つけられた答えとはどういったものだったんでしょうか?

:お花って1週間から10日くらいしか命がもたないんです。

つぼみから花が咲いて、枯れていく。その短い命を捧げるのにふさわしいのが、人間にとって大切な日、つまりお誕生日や結婚式といったお祝い事や、お葬式といった人生の節目となる出来事なんじゃないでしょうか。

そういったことを考えた時に、かけがえのない花の命を預かる花屋の立場として、地元でもっと多くのことをやれるんじゃないかと思ったんですね。

地元へ戻ることへの不安のようなものはありましたか?

:それはもう、めちゃくちゃありました

その時点で子どもも2人いたので、僕の身勝手な考えで家族を巻き込み、うまくいかなくなったらどうしよう、と。

それに、300人ほどの社員を抱える大手の生花店に勤めていたので、個人で勝負するのは初めての経験でした。今まで大きい組織の一員だった自分が、やっていけるのかどうか。地元とはいえ怖かったですね。

奄美大島で生花店をオープンするにあたり、東京ではどういった準備をされていましたか?

:フラワー技能試験の1級を取得したり、お花を飾る祭壇の検定試験を受けてS級を取得したりといった勉強は常にしていました。

奄美大島に戻られてから、東京で勤務した経験が活かされていると思った点はありますか?

:やはり技術的なことは大きいですね。最先端の技術を東京では色々と学べたと思います。それと、時代の移り変わりを敏感にとらえていかなければいけない職業でもあるので、前職で知り合った方たちからいつも新しい情報を教えてもらっています。

人に感謝されることが、人生の原動力

栄田さんが、“はたらく”を楽しむために必要なことはなんだと思いますか?

:たくさんの経験をして、たくさんの人に出会い、その中でやりたいことをみつける、ことでしょうか。

そのために何か心がけていることはありますか?

自分の興味のあることは人にどんどん話を聞くのはもちろんですが、違う業界の方の話を聞くなどして、自分の引き出しを増やすようにしています。

そういう意味では、若い頃より今の方が具体的な話や相談をするので、自分の中により役に立つ情報が入ってきやすくなっているように思います。

栄田さんにとって、“はたらく”とはなんですか?

:人生の原動力ですね。人に喜んでもらい、その感謝の気持ちがこちらに伝わった時、生きていることの原動力をいただいている気がします。

ひまわりが好きなお客さんがいらっしゃっるんですが、「ひまわりを見るたびにあの時の嬉しかった気持ちを思い出すのよ」って仰られていて、その気持ちの一端を担えたことを今でも嬉しく感じます。

“はたらく”を楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。

:色々な人の話を聞いたり、たくさんの物を見たりしてください。

何事にも嫌がらずに挑戦して、どんどん経験していくことが自分の人生や仕事を楽しむためには大切なことかなと、僕は思います。

栄田 将太さん(さかえだ しょうた)

「H.O PROJECT」店主

栄田 将太さん(さかえだ しょうた)

大学を卒業後、東京の大手生花店に11年間勤務。祖母の葬儀をきっかけに、地元の奄美大島で2016年に「H.O PROJECT」をオープン。夫婦で営むおしゃれなお花屋さんとして人気を得ている。

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