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「起業とは、生き方を変えること。」 かき氷ブームの第一任者が語る起業家マインド。

「起業とは、生き方を変えること。」 かき氷ブームの第一任者が語る起業家マインド。

様々な大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。今回は、こだわりの天然氷と独創的なシロップで高い評判を得続ける、かき氷専門店「埜庵」(のあん)の店主、石附(いしづき)浩太郎さん。17年前、脱サラしてかき氷屋をオープンした時から変わらない天然氷への想い、そして自営業で生きていくことの決意をお伺いしました。

“天然氷の素晴らしさを伝えたい”という想いから生まれたかき氷専門店

今どんなお仕事をされていますか?

石:天然氷を使用したかき氷専門店「埜庵」を、神奈川県の鵠沼海岸で経営しています。

ここ最近はかき氷ブームで、都内にもたくさん専門店ができていますが、僕がお店を始めた17年前は、都内に専門店というのはありませんでした。

サラリーマン時代を経て、かき氷専門店をオープンされたのですよね。

石:はい。音響機器メーカーの営業として勤務していました。バブル時代の最後の世代ですね。

どういった経緯でかき氷専門店を始めようと思われたのでしょうか。

石:下の娘が家内のお腹にいる時、上の娘はまだ2歳だったのですが、ゴールデンウイークに娘と2人で秩父に出かけたんです。

たまたま見つけた“氷”の旗に、引き込まれるように入ったお店でかき氷を食べたら、もう本当に衝撃的なおいしさで。

「かき氷ってこんなにうまいんだ」って思ったのがすべての始まりです。

21年も前のことになりますね。

そこで出会ったかき氷が、石附さんの人生を変えたんですね。

石:埼玉県長瀞の天然氷蔵元、阿左美冷蔵さんという所です。当時、天然氷の存在は今ほど世に知られていない時代でした。

その時に蔵元から教えてもらったのは、年々天然氷を作る環境が厳しくなっていると言うこと。まだ、地球温暖化という言葉も使われていない時代でした。その事実をお聞きし、氷作りを通してそういう状況も伝えていかなくてはいけない、という熱い想いを持ちました。

天然氷にどんどん引き込まれていったのですね。

石:蔵元のお話をお伺いしていくうちに、天然氷が僕の中ですごく大事な存在になっていきました。そのうち、気が付いたら自分も氷を作る作業を手伝わせていただくようになりました。

そこからご自身のかき氷専門店をオープンされたいという想いに繋がったのですか?

石:今もそうなのですが、そもそも「おいしいかき氷を作りたい」というより、「この氷にとって一番正しいスタイルって何だろう?」と考えてきました。それでできたのが、今の「埜庵」のかき氷のカタチです。

携わる人全員の過酷な作業の中から生まれるこの氷に、ブルーハワイをかけるのはもったいない。苺味ならちゃんと生の苺からシロップを作ろう、っていう想いでやっています。

そういう意味で、よく「お客さまのことは考えていない、氷のことだけだ」と冗談を言っているくらいです(笑)。

でもそうやって氷に向き合うことで、“温暖化”や“厳しい作業”と言った、その背景に隠れているものもちゃんと前に出てくると思います。

「埜庵」はシロップにもオリジナリティとこだわりがあると評判なのは、そういった部分からきているのですね。

石:天然氷だから美味しい、というのも困ってしまいます。実際、天然氷は素材としてはとても難しい。

「おいしいかき氷だったね。天然氷なんだって」とお客様に思われるようにするには、氷だけでなく“削り”や“シロップ”と言ったトータルのバランスが大事です。

天然氷で作るかき氷は普通のものとどう違うのでしょうか?

石:まず、天然氷の良さは、限りなく0度に近い状態に戻すことができる点です。

ひと手間加えることで食べてもキーンとならずに、口の中でスッと溶ける、のど越しの良いかき氷になります。

よく、天然氷だから「頭がキーンとしない」とお聞きすることが多いのですが、それはあくまでひと手間加えているからなんですね。

泥臭くてもやり続けていれば認められることもある

「埜庵」をオープンされた時の周囲の反応はどんなものでしたか?

石:「1年中かき氷を売るなんてバカじゃないの?」っていう感じでした(笑)。

最初はもちろん厳しかったですね。でもその時から感じていたのは、自分のお店がどうなるかというよりも、“かき氷というマーケット全体をどう大きくするか”という想いでした。

今ではかき氷ブームの第一人者と言われていらっしゃいますね。

石:たとえ周りにライバルがいなくて、自分の店が独り勝ちだったとしても、それはたかが知れています。マーケットを広げなくては、継続はしない

そのためにどうしても考えなくてはいけないのが価格でした。

当時、800~1000円というのはかき氷としてはとても高かったんです。

子どもがおこづかいで食べに来るかき氷とは別に、親子で食べにくるかき氷という新しいスタンダードを作りたかったんです。だから素材にこだわりました。

レシピも経営的なことも書籍にして出版したのは、これからかき氷屋を始める人の未知の部分を少しでも減らすため

東京都内を中心に専門店がたくさんできている今の状況を考えれば、その思いはある程度達成できたと思っています。

ここ何年かで価格もだいぶ変わって、うちの高さは目立たなくなりました(笑)

後に続く方のためにもマーケットを広げる努力をされていらっしゃるんですね。

石:ただ、戦略的にどうやったというより、ほとんどは泥臭い作業。

一生懸命やっていれば認められることもあるんだな、という気持ちですね。そういうことって他にもすごくたくさんあるように思います。

「埜庵」を始める以前に働いていた会社員を辞めようと思われるきっかけは何かあったんでしょうか?

石:30代半ばになってくると役職もついてきて、自分の意見と会社が求めているものにちょっとしたズレが生じてくる感覚がありました。

部下にも、会社側の目線で意見を言わなくちゃいけない。そういうのが性格的に僕には向いていなかったように思います。

30代半ばでご自身のキャリアについて一度考えられたんですね。

石:特別嫌なことがあって辞めた、というわけではないですが、10年後20年後を想像したら、その時の自分を好きでいる自信が持てなかったんです。このまま自分が会社で仕事を続けていくという未来が見えませんでした

会社員を辞められる時のことについて教えてください。

石:退職を慰留されたこともあり、すんなりとは辞められませんでした。

なので、最後の半年は完全にパラレルで、二足の草鞋を履いているという感じでした。

体力的にもものすごく辛かったです。目標があったから気力が続いたんでしょうね。今なら絶対に無理だと思います(笑)

そういう意味ではその人にあったタイミングというのはあると思います。

僕は、会社には本当によくしていただいたなと思っています。

それでも“続けられなかった”だけなんです。“辞めた”なんて、格好良いものではありません。

起業するということは、“職”を変えるのではなく、“生き方”を変えること

“はたらく”を楽しむために必要なことはなんだと思いますか?

石:今は僕らの頃より、一人当たりの仕事の量も守備範囲も広い時代。

なので、経営者という立場から言わせてもらえば、楽しむ余裕よりも、しっかりと仕事をやりぬくことの方が大切に思えたりします。

楽しく“はたらく”、というのは、仕事をやり抜けるようになってから、ということでしょうか?

石:仕事の楽しさって、今よりもその先にあるもの

それを見つけるようになるには、今の社会環境の中では、若い時には難しいのではないでしょうか。

それが仕事なのか、作業なのかは、やる側の思いで変わってきます

自分のしていることを俯瞰して見て、ちゃんと自分の“何か”を確認できれば、だいぶ気持ちも変わるかもしれません。

自分なりの“何か”とは、具体的にはどういったものでしょうか?

石:自分がいる場所にある、自分の役割です。

自分のしていることが、“具体的にどこのどの人の役に立っているか”がわかれば、気持ちも変わると思います。

ウチでいうなら、アルバイトの子が、自分が作ったかき氷をお客様の元に運んでいって、「おいしそう」って喜んでもらえたら嬉しいと思うかどうか。

嬉しいと思えないならそれは仕事ではなくてやらされている作業。はたらく側もはたらかせる側も不幸にしかならない

自分で商品を出した時のお客さんの反応を楽しめる子は、氷を削るのもどんどんうまくなっていくんです。

今やっている仕事を完璧にこなせれば、何かに繋がっていくということですか?

石:完璧というのはあり得ないんですよ。

今の最適が次も最適かはわからない。だから言うことがコロコロ変わるというのもある意味正しいと思います。

よく言うのは、アルバイトの子たちがお店でかき氷を削って、その後就職して結婚して、旦那さんが急に「俺、会社辞めてカフェやりたい」って言いだすことがあるかもしれない。僕のことじゃないですよ(笑)

そんな時、自分がかき氷を削ることができたら、そのカフェの成功により近づけるんではないでしょうか。

10年後20年後なんてわからない。だから、今やっていることを、一生懸命マスターする努力をすることは大事です。生き方の選択肢も可能性も広がると思います。

自営業をやられるということへの覚悟ってどういったものだと思われますか?

石:自営業というのは、自分でお金を出して自分の仕事場を作るということ

自分の仕事を、時には借金までして買っている訳です。

そして、自分で生み出さない限り、仕事はありません。そこに、“やらされている”という意識はないんです。

会社にいれば仕事があります。だから“やらされている”意識になる。

仕事は“ある”より“ない”方が辛いですよ。

自営業というとすごく自由に仕事している、というイメージもあると思います。

石:自由に仕事をして生きていける人は、本当に才能があるほんのわずかな人でしょう(笑)ただ、フリーランスで仕事をするということは、自分の仕事のやり方や能力で、お金の稼ぎ方や、仕事がうまく継続できるかどうかなど、その人によってどんどん差が出てくるのは事実。

そういう意味で、転職と起業はまったくの別物です。起業するというのは、職を変えるのではなく、生き方を変えることなんですね。

“生き方を変える”というのは、具体的にはどういったことでしょうか?

石:起業して最初からうまくいくなんて確率は低いでしょう。

辞めた人がまず思うのは、あんなに嫌だった自分の立場がどんなにありがたいものだったか

例えば家族で外食に行く、年に一度は海外旅行をする、新しい洋服を買う。サラリーマンだったら今まで当たり前にできていたことが、まずほとんどできなくなる。

「あれもできない、これもできない」と考えだしたらとても不幸です。

自分の生活を完全にゼロベースにして、「今月少し売り上げが良かったから食事に行こう」「頑張って働いたから無理してでも旅行しよう」って、できないことを数えるより、できるようになったことを喜べる方が幸せです。

当たり前に思える趣味やプライベートも、自分で生み出す覚悟が必要ということですね。

石:今、自分が楽しく仕事ができているなら転職や起業なんかしないで、お給料を増やして偉くなった方が良い。そうじゃないなら、僕みたいな生き方を選ぶのもアリかもしれません。

“はたらく”を楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。

石:30代でお店を始めた時、困っていると、ちょうど今の僕くらいの兄貴世代の方が、アドバイスをくださったり人を紹介してくれたりと、助けていただくことが多くありました。

人からアドバイスをいただけるというのは幸せなことです。今、僕がこの年齢になって悩んでいても誰も助けてはくれません。若い時は悩んでいてもできなくても、教えてくれる人がたくさんいることを忘れないでください

ただ、一生懸命やっていないような人には誰も何も教えてはくれないので、やっているフリだけでも良いと思います。

僕が一番長けていたのはこのフリだったかもしれない。とりあえず、若いうちなら何事にも一生懸命。せめて、フリは忘れずに(笑)

石附 浩太郎さん(いしづき こうたろう)

かき氷専門店「埜庵」店主/かき氷文化史研究家

石附 浩太郎さん(いしづき こうたろう)

1965年1月10日産まれ。東京都出身。大学で商品学を学び、音響機器メーカーを経て、2003年にかき氷を通年提供する店として「埜庵」を鎌倉で開業。2005年に現在の藤沢市鵠沼海岸に移転。旬の果物などの食材を独創的なシロップに仕立て、四季折々の美味しさを表現するかき氷は、現在のかき氷ブームの原型となった。真冬でも行列になるかき氷は、「なぜ、真冬のかき氷屋に行列が出来るのか?」(日本実業出版社2013)で書籍化されている。他の著作に「お家でいただく、ごちそうかき氷」「埜庵の12か月」がある。

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