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日本で磨いたスキルで30代から海外へ。アーティストビザでN.Y.を拠点に生きる

日本で磨いたスキルで30代から海外へ。アーティストビザでN.Y.を拠点に生きる

N.Y.で暮らしながらアートディレクター・デザイナーとして活躍している安倍麻美さん。 “常に自由を感じられること”が人生のテーマだという安倍さんに、アメリカで暮らしながら自分らしく働く方法についてお伺いしました。

スキルを磨いた20代、30代でアメリカへ

今、どんなお仕事をされていますか?

安:アートディレクター・デザイナーとして15年ほどのキャリアになります。N.Y.に移住して5年経ち、日本とアメリカの仕事を半々で手掛けています。

アメリカで仕事されるまでの経緯を教えていただけますか?

安:21歳で服飾系専門学校を卒業し、最初はファッション関係の仕事を志していました。
東京にしかやりたい仕事はないと思ったので、地元の奈良県から上京したのですが、ファッションブランドは倍率が高くて入社できず。他でご縁があったデザイン系メディア会社で企画ディレクターのアシスタントとして働き始めました。

最初はデザイン系の仕事を担当されるんですね。

安:そうですね。デザイナーからのデータを集めてパンフレットを作るなど、IllustratorやPhotoshopを多用しなければいけない業務だったので、自然とデザインの方に興味が傾いていきました。
さらに、業界の第一線で活躍しているデザイナーの方に多く出会ったことでマインドが変わったんです。有名なデザイナーの方と色々お話させていただいたり、仕事への想いをお伺いする中で、「第一線の方は生き方も仕事への情熱もカッコいいな」という憧れと、「私もデザインで自分を表現できるようになりたい!」と思うようになったんです。
そこからグラフィックデザイナーを志し、1からデザインの勉強をスタートさせました。
「スキルをつけるため、どこでもいいから入ろう!」と、不動産系の広告会社に入社したのですが、年配の方向けに作るチラシデザインが辛く、半年で辞めて…。

どういった点が辛かったんでしょうか?

安:その時はまだ駆け出しだったので、自分が頭に描いている“良いデザイン”を作りたいと思い、美しい書体や綺麗な配色を施したデザインをしたところ、全てえんじ色やダサい書体に修正するように指示されまして…(笑)
「こっちの方が売れるんだ!」とダメ出しされたんですね。
今では、「目的にあった配色やデザインにするべき」というのが理解できるんですが、当時は「ここだと私のセンスは一つも役に立たないし成長もできない!」と思い、すぐに次の仕事を探し始めました。

ご自分のやりたい仕事とは違ったんですね。その次はどちらに行かれたんですか?

安:次に、雑誌デザイン会社に入り、エディトリアルデザイナーとして、ファッション誌、ギャル誌、赤ちゃん雑誌などを担当しました。
その後、23歳の時にフリーランスエージェンシーの会社に引き抜いていただき、フリーランスデザイナーとして活動するようになったんです。

23歳で独立とは早いですね!

安:そうですね。でもやっぱりまだまだデザイン力が足りないな、と悩んでいたところ、こちらもご縁があって、ファッションブランドのデザインを手掛けているWeb会社で、会社員として働かせていただけるようになったんです。

当初目指していたファッション関係のお仕事ですね。

安:やりたかったファッションのデザインなので、身を粉にして働いていましたよ。
人生で1番スキルを積んだのがこの頃だと思います。
色々と任せていただいて、キャリア的にもアートディレクターにステップアップしました。

そこから留学されるんですよね。

安:30歳までに留学したい!と思っていたので、数年かけてお金を貯め、会社を退職し1年間の海外留学へ行きました。
まずハワイに半年、それからヨーロッパを数カ月バックパッカーで巡って、N.Y.に3カ月、と、1年間放浪していた感じです(笑)
ここで最後に訪れたN.Y.に魅せられてしまい、「いつか戻ってきたいな」と後ろ髪をひかれながら帰国しました。

帰国されてからはどのように活動されていたんですか?

安:30歳で再度、フリーランスとしてお仕事をスタートしました。
仕事は順調に進み、朝10時に起きて朝4時に眠るというかなり忙しい生活を送っていました。
色々やりたい仕事もできて、ある程度目標も達成し、お金も沢山稼げるようになり…。
さあ、次の目標は?ってなったんですね。

お仕事が充実されて、一度人生を振り返ってみられたということですね。

安:色々考えた末、夫婦でN.Y.に移住することにしたんです。夫がアメリカの会社で働いてみたい、ということもありました。
私の仕事は遠隔でも続けられるし、「とにかく移住してから何とかしよう!」と、夫がアーティストビザを取得し、無理やりN.Y.に引っ越しました(笑)。

ご夫婦揃ってすごい行動力ですね…!

安:しばらく日本の仕事をN.Y.で手掛けていたんですが、私はアーティストビザ所有者のの妻という立場のため、アメリカでの仕事はできなかったんですね。
せっかく住んでいるのに、アメリカで社会参画していない感じが嫌で、自分でビザを取得することを決意し、1年ほどかけてアーティストビザを取得しました。
ここからアメリカの日系デザイン会社とのダブルワーク生活が始まりました。

アーティストビザを取得し、海外で働く方法

N.Y.に住んで仕事をするという選択をされた安倍さんですが、そこにはどういったお考えがあったんでしょうか?

安:私がおススメしたいなと思うのは、“20代で頑張ってスキルを身につけ、仕事もお金も余裕が出たら、30代で海外移住!”という選択肢です。

海外には元々住みたいと思われていたんですか?

安:海外志向が強く、本当は学生時代に留学したかったんですが、度胸とタイミングがなく…。
「いつか海外に住みたい!」という憧れを持ったままがむしゃらに働いて、30歳を過ぎた時、「日本でやりたいことはやりきった!お金も貯まったし、今なら行ける!」となったんです。

30代で海外に移住して良かったと思われる点はありますか?

安:もちろん、若い時から住んでいた方が語学の壁は少ないかもしれません。
でも、自分のキャリアやスキルが身についていない時に海外に来ても、仕事に就くのがめちゃくちゃ大変なんですね。

キャリアが形成された30代だからこそ仕事も楽しみつつ生活できる、ということですね。

安:人生におけるキャリア形成で一番大変なファーストキャリア形成期に、“語学の壁+スキルの壁”というのをダブルで抱えていくのは結構しんどいことだと思います。生活も大変だしね。

それよりもまず、日本でスキルをしっかり身につけてからがおススメと。

安:日本でしっかりスキルを身につけ、“何者か”になってから海外に移住した方が、自分に見合った仕事に就けるし、金銭的にも余裕があって絶対に楽しめると思いますよ。

アーティストビザを取得して生活されているんですよね。

安:アーティストビザと呼ばれていますが、正式には、卓越能力者ビザ(Individuals with Extraordinary Ability or Achievement)というものです。
これは「そのジャンルで卓越した才能があります!」ということを示せればいいので、きちんと“自分の作品”があったり、努力してスキルを磨いてきたりした人が報われるビザでもあります。

海外で働く、というと、どこかの企業で雇われるイメージがある人も多いと思います。

安:企業に入って働くためのビザは競争率が高く、アメリカ企業が相当欲しい人材でも、取得できるのは40%くらいの確率です。しかも突然解雇されたら、2週間以内にアメリカを出なければなりません。
でもアーティストビザにはその縛りがないので、30代でネクストステップのためアメリカに移住している私の周りの方々は、ほとんどがアーティストビザで来ています。

何か手に職をつけていると取りやすいんでしょうか?

安:デザイナーのような、作品がある職業の人はかなり取りやすいです。
アーティストやデザイナーじゃなくても、映像ディレクター、プログラマー、ジャーナリスト、編集者、バイヤー、寿司職人なども、みんなアーティストビザを取得できるチャンスがあるんですよ。

アーティストビザというのも幅広いんですね!

安:“自分の作品”があること。そして、“メディアで取り上げられたことがある”というのもビザ取得のポイントです。
「いつか海外に住みたいな」と思っていらっしゃる方は、20代でガッツリ働きつつ、将来の海外生活を見据えて“自分のキャリアや作品づくり”をしたり、人前やメディアにも意識的に出ておいたりしておくといいと思います。
「将来の移住のために!」と考えたら、大変な仕事でもやり甲斐を感じて頑張れるのではないでしょうか?
海外で仕事するの、面白いですよ!

仕事をしながら自由を感じる、自分らしい人生を生きる

安倍さんが、はたらくを楽しむのに必要なことは何だとおもわれますか?

安:“自由を感じられること”だと思います。
学生時代に、「死ぬ前に“自分は自由だった” と思えた人が人生の勝者だ。」という言葉に出会い、「これだ!私は自由でありたい」と、人生のテーマに決めました。

仕事も人生も、自由を感じられることがテーマなんですね。

安:その言葉を教えてくださった最初の職場のボスは、朝から深夜までずっと働いていらっしゃって、「自由な時間がなくて大変じゃないですか?」って聞いたことがあるんです。
そうしたら彼は、「自由というのは、何もないフリーな時間のことではないんですよ。僕は、仕事の中に自由を感じるんです。」と。
それを聞いて、「ああ、そういうことなんだな」と思ったんです。
私が選んだこの仕事を、私が今やりたいから、死ぬほど情熱を傾けてはたらいている。それ自体が私の自由なんだ、と。
この言葉があったから、どんなに忙しくても、私はいつも大きな幸せを感じていました。

自由であるために安倍さんが心がけていることはありますか?

安:自由の概念は、年齢や環境、人生のステージによって少しずつ変化していくと思います。なので、定期的に自分と向き合って、都度考えるようにしていますね。

今も自由を強く感じられながらアメリカで働いていらっしゃるんですね。

安:そうですね、場所は関係なく地球のどこでも働けることにとても自由を感じながらアメリカで暮らしています。語学を身につけ、国籍に縛られず、色々な人と話をし、友達を作ることにも自由を感じます。
また変わっていくんでしょうけど(笑)、これから先もずっと考えていくつもりです。

仕事を続けていく中で安倍さんが大切だと思われることはありますか?

安:Work Satisfaction(仕事の満足度)って、1.Love/Fun(好きかどうか)、2.Money(満足する報酬を得られてるか)、3.Time(拘束時間)の3つのバランスなんですよね。
若いときは、ひたすら好きなことに打ち込んでスキルを上げる1の時代。そのうちにスキルがついて、2の報酬が上がってくる。お金が自由になってきて、好きなモノを買えたりして、ちょっと人生が楽しくなってくる。だけど忙しくなって、いろいろ責任も重くなって、3の時間の自由がなくなる。自分が自由だと感じられるバランスは何か…と考えて、私は今の生活に至ります。

はたらくを楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。

安:若い時は、“自分に何が向いているのか、何ができるのか”なんて、わからないのが当たり前だと思います。なので、“働いてみてから決める”でいいんじゃないでしょうか?
仕事を始めてから周囲の人と比べてみて、自分の能力や特性がわかると思いますよ。
とりあえず走ってみて、そこから見える景色でまた次のゴールを決めていきましょう!

安倍 麻美さん(あべ あさみ)

Art Director / Designer

安倍 麻美さん(あべ あさみ)

広告・エディトリアル系デザイン事務所勤務等を経て、2004年にフリーランスデザイナーとして某エージェントに所属した後、2005年に都内の制作会社に入社。 4年間に渡りファッションブランドに関する全制作物のデザインを担当、ラスト3シーズンはアートディレクターとして携わる。2014年、N.Y.に移住し、アメリカと日本の仕事を多岐に渡り手掛けている。

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