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業界や職種に関わらず、大切なのは“プロセスと思考”。世界初のハンドドリップ日本茶専門店を作ったクリエイティブディレクターの、新しい未来の開き方。

業界や職種に関わらず、大切なのは“プロセスと思考”。世界初のハンドドリップ日本茶専門店を作ったクリエイティブディレクターの、新しい未来の開き方。

様々な大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。今回は、ハンドドリップ日本茶専門店「東京茶寮」で、お客様への“体験”をデザインしている青柳智士さん。青柳さんは美大を卒業後、「卒業制作を商品化したい」という想いからインテリア会社にデザイナーとして就職した後に、IT業界の営業職へと転職。そして自らが運営するデザイン会社で、世界初のハンドドリップ日本茶専門店「東京茶寮」を立ち上げられました。どの業界にいてもブレない姿勢、そして常にポジティブに物事を捉えて新しい道を切り開いていく青柳さんのキャリア人生についてお伺いしました。

美大卒業後、デザイナーとして就職するも2年で営業へと転職

今、どんなお仕事をされていますか?

:LUCY ALTER DESIGNという会社で、デザイン事業と、お茶やコーヒーに関する事業を手掛けています。

代表取締役兼クリエイティブディレクターとして、全体のマネジメントや経営を行っています。

大学をご卒業後はどういった進路を選ばれたんですか?

:武蔵野美術大学を卒業後、インテリアメーカーにデザイナーとして就職しました。

卒業制作として作った商品で在学中に特許申請を行っていたのですが、その企画と共にとあるメーカーさんにデザイナーとして就職することになったんです。

どのような商品で特許申請を行っていたんですか?

:災害時に使用することを想定した商品です。

災害が起きると、多くの被災者は地域にある学校の体育館で長い避難生活を送ります。

避難所で、食料や衣料といった物資の供給の次に問題になるのは、被災者の方たちのプライバシー問題についてなんです。

多くの人が共に生活をしていく中で、プライバシーが確保されず、精神的な苦痛を伴うということですね。

:そうです。体育館にある既存のものを使用し、プライバシーを守れるような仕組みをデザインの力で構築できないか、と考えたんです。

そこで、体育館のカーテンをパーテーションやテントに転用できるものを卒業制作で作り、実際に商品化してみたかったので、インテリアメーカーに企画を持ち込みました。

そのメーカーが卒業後の就職先になり、2年ほど勤務しました。

なぜ2年で退社しようと思われたんですか?

:自分の企画したものを実際に商品化することができて、仕事には充実感を持ってはいたんです。

ただ、商品化が成功し、社内で注目を浴びたこともあって、一匹狼のような働き方をしていんですね。

それである時、「あれ、なんか俺って一人で仕事してるんだな」って、渇きのようなものを感じたんです。

渇きのようなものというのは、具体的にはどういったものですか?

寂しさ、のようなものに近かったのかもしれません

自分がやりたいこと”に共感して、一緒に動いてくれる仲間みたいなものが欲しいな、とその時感じて

そこで転職を考え始めました

転職先はどのようにして選ばれたんですか?

:「デザイナーという仕事で得た経験を、次にどんな仕事で活かせるか」と考えた時に思ったんですが、デザイナーってビジュアルデザインを作り出すことだけじゃなく、そのデザインに至るまでのプロセスや思考が大切なんですね。

その経験こそが僕の資産だなと思ったので、業界や仕事内容は何であれ、これまでの経験は活かせるんじゃないかと。

そこで、当時インターネット業界の盛り上がりと共に急成長していたサイバーエージェントに営業職として就職しました。24、5歳の頃です。

デザイナーから営業職へ転職とは意外ですね!なぜ転職先として営業職を選ばれたんでしょうか?

:営業をたまたま募集していたんです(笑)

それに、人と話すことや何かをプレゼンするのは昔から好きだったので、営業は一度やってみたいなと思っていたのもあって。

チームで働くことができるというのも魅力的だな、と思いました。

実際に勤務されて、デザイナーの経験が営業職に活かされたと思ったことはありましたか?

:ありますね。

当時は営業職でイラストレーターやフォトショップを使える人ってあまりいなかったんですよ。

僕がイラストレーターを使って、ある営業用の資料を作ったら、その資料が周囲に高く評価されたんです。

そこから代理店やクライアントが、「青柳さんにお願いしたらカッコ良いものが出来上がるから」って名指しで仕事を頼んでくれるようになってきたんですね

それがめちゃくちゃ嬉しかったんですよ

周囲に求められている喜びを得ることができ、前職の時に感じていた渇きのようなものにどんどん水を注がれている感じがしました。

順調に見えたキャリア人生から一転、27歳で4億円の損失!

そこからはどのような働き方をされていったんでしょうか?

:ありがたいことに好成績で社内表彰され、新規事業をやってみないかとお声がけいただきました。

インターネット関連の事業を立ち上げ、そちらでも結果を出すことができ、26歳で子会社を作らせていただいたんですが、その子会社で4億円という大きな損失を出してしまったんです。27歳の時です。

4億円!その時はどういったお気持ちだったんでしょうか…?

:そうですね。当時はすごく悩んだし体調も悪くなって、血を吐いたりもしてしまいました。精神的にも肉体的にも追い詰められていた時期だったと思います。

そこからどのように行動していかれたんですか?

:事業として損失を返さなければと思っていたので、一旦子会社をクローズし、別のグループ会社 であるVOYAGE GROUPに出向 ・転籍してショッピング関連の事業を立ち上げ、そちらで結果を出すことができました

そこでまた新たな試みも始めたんですよ。

どういった試みでしょうか?

:海外の大手企業には「最高文化責任者(Chief Culture Officer)」という、企業文化を維持し、社内に浸透させる役割が設置されていたんですが、当時はまだ日本には浸透していなかったんです。

業績は伸びているのに離職率が高い、などといった社内の問題を解決し、企業文化を社員に広げていけば、社員たちがもっとハッピーになって働き甲斐も作れるんじゃないかと思ったんですね。

そこで、チーフカルチャーオフィサーという肩書を作って自ら就任し、取締役として人事などもマネジメントしていました。

退職し、また新たなステップへ。自らのデザイン会社で日本茶の魅力を伝える

自身のデザイン会社の設立という次のステップに進もうと思ったのはなぜですか?

:VOYAGE GROUPに10年在籍している間に、マザーズと東証一部に上場もでき、達成感を得ることができたという気持ちもあります。

それと合わせて、今の会社の状況を考えたときに、僕がいないほうが会社にとって良いんじゃないかなと思ったんです。

それはどうしてですか?

会社って、一定の新陳代謝が必要なんですよ。

上の人がずっといると下の子が昇進できないっていうのもあるし、空気も停滞していってしまいます。

自分自身の考え方も、肩書が上に行けば行くほど、良くも悪くも固まって強くなってきちゃうんですよね。

現在運営されているデザイン会社の立ち上げはどういったきっかけがあったんでしょうか?

:デザイン会社はいつか作りたいと思っていたので、担当していたセクションの会社を買い取り、自らの会社として38歳の時にLUCY ALTER DESIGNを立ち上げました

デザインへの原点回帰をされるんですね。

:そうですね。やはりどこかで、デザインというのが自分のアイデンティティに組み込まれていたんでしょうね。

デザインから学んだことを生かした仕事のやり方を無意識にずっとやってきていたんだと思います。

そのデザイン会社の事業の一環として「東京茶寮」(https://www.tokyosaryo.jp/)をオープンされたんですよね。

:はい。クライアントから受注したものをデザインするだけではなく、デザイン会社として自ら色々な事業を手掛けられるんじゃないかなと思っていた時に、日本茶の魅力に出会ったんです。

この「東京茶寮」は、お客様から見えるものの9割は自分たちでデザインしたものなんです。

これを事業会社がやろうとした場合、デザインと運営というジャンルで分離されてしまうんですが、僕たちはコンセプトから接客まで、お客様の体験を丸ごとデザインできる

これはデザイン会社の強みであり、面白さを感じられる点だと思います。

日本茶とはどういった出会いがあったんでしょうか?

:『はるもえぎ』というシングルオリジン煎茶を初めて飲んで、その美味しさに驚いたのがきっかけです。

そこから、「どうしてコーヒーは色々な産地のものがオシャレなお店で売っていて手軽に買えるのに、日本茶にはそういうお店がないんだろう」と、たくさんの疑問や興味が同時に出てきたんです。

これは生産者と消費者の距離感に問題があるんじゃないかと思い、日本茶の素晴らしさをもっと知ってもらうために、この「東京茶寮」を作りました

他にはどういった思いが込められているのでしょうか?

:日本茶の世界って、スタイリッシュさに欠けていた部分があると思うんです。伝統工芸として素晴らしいものはたくさんあるのですが、敷居が高かったり、若い人には手が出しづらかったり。

例えばコーヒーの世界って、バリスタとお客さんとの距離感やコミュニケーションの取り方、ツールのスタイリッシュさ、すべて含めて“今っぽい”んですよね。肩に力が入っていないというか。

でも日本茶にはそれがなかった。

そこで、日本茶を提供する空間、茶器、接客含めた全てをデザインして提供するのはビジネス的にもありなんじゃないかと思ったんです。

「打算抜きに一生懸命やってみる」まずはそこから道が開ける

青柳さんが、“はたらく”を楽しむために必要なことはなんだと思いますか?

自分のやりたいことを教えてくれる大人って、どこにもいないんですよ。

それに、仕事を楽しむ方法なんて学校じゃ教えてくれないですよね。

だから、僕はどこで何をして働いても良いと思うんです。

それが例えやりたいことじゃなくても、です。

やりたいことじゃなくても楽しく働くためには、何が必要だと思われますか?

楽しそうに働いている人って、ちゃんと頑張っていると思うんです。

今、自分に与えられている仕事を打算抜きに一生懸命やっている人って、どんなジャンルでもかっこ良くやっていると思うし、打算抜きに目の前の仕事に打ち込んでいれば、周囲に信頼されて、どんどん周りが応援してくれるようになっていきます。

それが、“楽しい”と思える気持ちに繋がるんじゃないでしょうか。

青柳さんも周囲からの応援が励みになり、仕事の楽しさを見いだせたんでしょうか?

:そうですね。

僕もまさかデザイナーからIT業界に進んだり、人事を担当したり、さらにお茶の事業をやるなんて夢にも思っていなかったけど、これからもどんどんワクワクすることを選択していくと思うんです。

これまで、どんな道を選択しても周囲の応援が励みになってきたことを考えると、無条件に頑張っている人は仕事も楽しくなるし、周りにもサポートしてもらえて、楽しく過ごしていけるんじゃないかな。

青柳さんにとって、“はたらく”とはどういったものでしょうか?

:人生に喜びを感じられるもの、ですかね。

イメージで言っちゃいますけど、これまでの色んなチャレンジとその結果が地層のように積み重なっていって、その断面を横から眺めて「幸せだな」って思える感覚というか。

あと、「人が喜んでくれるのが嬉しいから頑張る」っていうのもありますね。

昔はそんなの嘘くさいと思っていたんですが(笑)、年齢を重ねるとナチュラルにそう思えてきたんです。

“はたらく”を楽しもうとしている人へのメッセージをお願いします。

:「やりたいことがないとダメだ」といった強迫観念のようなものを一度捨ててみてはどうでしょうか。

やりたいことを無理に見つけるよりも、今、自分が何をやっている時が楽しいのか、を拡張していく方が良いと思います。

それが仕事として結びつくかどうかはわからないけど、自分自身の生き方、考え方に結びつくことで、その先に新しい未来が開けてくるんじゃないでしょうか。

青柳 智士(あおやぎ さとし)さん

LUCY ALTER DESIGN 代表取締役兼クリエイティブディレクター

青柳 智士(あおやぎ さとし)さん

1979年生まれ。武蔵野美術大学卒。
インテリアデザイナーを経て、2007年株式会社VOYAGE GROUPに入社。取締役CCO(Chief Culture Officer)として新領域事業・人事領域・コーポレートブランディングを担当し、2014年マザーズ上場、2015年東証一部上場を牽引。Great Place to Work主催の「働きがいのある会社」ランキングにて2015年から3年連続1位を獲得。同年、デザイン会社LUCY ALTER DESIGNを設立。
自社でプロダクト・空間・webをはじめトータルでのデザインを行い、三軒茶屋にハンドドリップ専門店「東京茶寮」をオープン。店舗空間は、JCD Design Award 2017 Best100、DSA 日本空間デザイン賞 2017を受賞。取り扱うプロダクトでは、2017年ミラノサローネ Triennale Design Museumにて招聘を受ける。

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